『ミツバチのささやき』
(1973年、スペイン 99分)

監督:ビクトル・エリセ
脚本:アンヘル・フェルナンデス=サントス、ビクトル・エリセ
the アートシアター VOL.1


妖しいものに引き寄せられる人間の性(さが)。ビクトル・エリセを読み解くキーワードがそれだ。

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小さな村に巡回上映がやってくる。待ちわびた子供たちの歓声と嬌声。 

「映画のカンヅメだ!」


フィルム缶の中に眠るお宝。お宝の中身は怪人フランケンシュタイン。

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ボリス・カーロフ
NBCユニバーサル・エンターテイメントジャパン
2016-08-24



子どもたちは息を殺し、固唾を呑んで成り行きを見守る。上映会の会場は、おそらく公民館かどこかだろう。音が外に漏れ出している。道行く人がそれを聞く。聞くともなく聞こえてくる音。


『エル・スール』の映画評で私は、「劇場はそこにあることが大事」と書いた。「観るばかりが映画ではない」とも書いた。

映画館でなくてもいい。映写する場が存在して、映画を観ない人であっても、映画を感じられることが重要。映画人ビクトル・エリセの哲学なのだろうと思う。

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2015-06-19

映画評。


カンヅメの中身に眠る恐ろしいもの。スクリーンで繰り広げられる秘密の儀式。まだ観ぬものがそこにある。観たいような観たくないような。映画とはそういうものだ。

「完全密閉・完全防音」ではなくて、ほどほどに音が漏れ聞こえるからいいのだ。あの中にあるのは何?観ちゃダメだって?止められると観てみたくなる。なおのこと覗いてみたい。


映画が終わったその日の夜、二人の少女はベッドを並べ、映画について語り合う。あれやこれやと想いを巡らす。

闇夜の語らい。ヒソヒソ話。子どもの心を忘れてしまった大人にとっては懐かしい時間。聴覚というより触覚に訴えてくる。コチョコチョと秘部を刺激されているような。








ビクトル・エリセの映画には、禁忌に対する断ち難い欲望が満ち溢れている。その種のイメージで満たされている。

レールに耳をつけて聴く列車の音。やがて轟音を立てて走り去る列車。あるいはキノコ。触れてはいけない毒キノコ。そしてミツバチ。柵と巣箱に囲われた生き物の摩訶不思議な生態。


物語らしい物語はなく、散文的で詩的である。ややもすると趣味的で、羅列的な私小説と言えるかもしれない。

しかしその分、普遍的かつ原初的なイメージを、直に感じることができる。『エル・スール』ほどこなれてはいないものの、これにはこれで「味」がある。




いずれにせよ、ビクトル・エリセは映画館で観てナンボである。それもできれば、日常と適度に切り離された、音が漏れ出す映画館で観るほうがいい。シネコンはあまりお勧めしない。

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〔於 京都みなみ会館 前から2列目左から4番目
12.15 10:00~11:40〕